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『いとはん物語』(大映東京1957:伊藤大輔)

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 『いとはん物語』(大映東京1957:伊藤大輔)をラピュタ阿佐ヶ谷にて見る。「人生の一大事! 波瀾万丈マリッジ大作戦」特集の1本。800円。
 老舗扇屋の風景をゆったりとした移動撮影で切りとっていく。おかみ・おわき(東山千栄子)や女中・お八重(小野道子)、女中・お幸(浦辺粂子)、使用人たちをゆったりとしたペースで見せていき、番頭・友七(鶴田浩二)の登場。彼をちらっと見る小野道子、ふたりの視線のやりとりで恋愛関係であることが一瞬でわかる演出、うまい! サイレント時代から映像で表現するテクニックを知り尽くした伊藤大輔にとっては朝飯前のことではあるが。
 次は、三女・菊子(市川和子)、次女・お咲(矢島ひろ子)と見せていき、最後が長女・お嘉津(京マチ子)の登場。風呂場ではガラス越し、戸を開けても声だけ。三人でお祭りに外出しても、京マチ子は被衣<かずき>で深くおおって顔を見せない。神社でひざまずき、被衣をぱっとあげると、これがなんとも笑ってしまうほどのお多福顔。これも一瞬で、また被衣で深くおおってしまう。なんとも憎い演出である。
 三人姉妹の下二人は美人なのに、長女だけが不美人。これが母親の悩みの種。娘がひそかに番頭・鶴田浩二に片想いしていることを知ると、娘の将来のためにと、番頭が留守の間に二人の婚儀を決めてしまう。普段は控えめな娘が天にも昇るようなはしゃぎぶりに、母親も手放しで喜んでしまう。
 善意のかたまりのような人々のなかで、ひとり小野道子だけが、大好きなお嬢さんのためにとぐっと自分の気持ちを抑え込む。そのなんとも言えない悔しさ、いじらしさ。涙なしでは見られない。
 商談の旅から戻った鶴田浩二は、お嬢さんを傷つけずになんと断ろうかと思い悩む。小野道子は自分さえいなくなれば、と書置きを残して失踪。その手紙を見た鶴田も後を追う。残された母親と娘も納得して二人の幸せを願う。
 なんといい話、悪い人が一人も出てこない、善意のかたまりのような人々の心温まるゆったりとした世界である。82分のコンパクトな仕上がり、小道具の使い方、映像表現、さすが巨匠・伊藤大輔である。
 今年、『モンスター』(大九明子)というなんの感情移入もできないひどい作品をみたが、特殊メイクをリアルにやればいいというものではない。この『いとはん物語』での京マチ子は頬をちょっと膨らませ、出っ歯にすることにより、カメラアングルでは京マチ子とはまるで別人になっていた。また、お多福だけど心はやさしいという京マチ子だからこそ、母親や妹たち、奉公人から愛され、観客も涙を流すのである。顔を心もブスである高岡早紀に誰が涙するであろうか。
 『いとはん物語』、いい映画であった。

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