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井上梅次とミュージカル

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 井上梅次とミュージカル

 先日、10年ぶりぐらいで大井武蔵野館へ行き、井上梅次のミュージカルを見てきた。すべて宝塚映画製作・東宝配給作品で、『ジャズ娘乾杯』('55)、『嵐を呼ぶ楽団』('60)、『太陽を抱け』('60)の3本である。
 井上梅次と言えば、新東宝、日活、東宝、大映、東映、松竹、香港と渡り歩いた職人監督で、代表作を挙げるとなれば、『嵐を呼ぶ男』('57)といったところか。それだって、舛田利雄がリメイクした渡哲也・芦川いづみの『嵐を呼ぶ男』('66)のほうが、演出のシャープさといい、芦川いづみの素晴らしさといい、本家井上作品よりすぐれている。井上の『嵐を呼ぶ男』は、日本的な情感のべたつきというか、もったりした点がマイナスになっている。舛田版よりすぐれている点は、石原裕次郎の魅力は当然のこととして、音楽場面、特にドラム合戦の演出処理などは圧倒的に素晴らしい。
 ま、その程度のイメージだったが、こうしてジャズ映画3本を続けて見ると、井上梅次こそ、日本製ミュージカル映画の“中興の祖”といっていいだろう。ちなみに、“父”は『狸御殿』('39)、『歌ふ狸御殿』('42)、『春爛漫狸祭』('47)、『花くらべ狸御殿』('49)の木村恵吾といったところか。“母”はマキノ正博『鴛鴦歌合戦』('39)、マキノ雅弘『次郎長三国志シリーズ』('52~'54)になるのかな。
 さて、『ジャズ娘乾杯』だが、芸人の伴淳三郎の三人娘、寿美花代・朝丘雪路(デビュー作)・雪村いづみが、歌って踊って明日のスターを夢見る楽しいミュージカルだ。いわゆる撮影所もので、楽屋落ち的な楽しさにあふれている。仲間にフランキー堺、中山昭二、柳沢真一、高英男、ペギー葉山、羽鳥永一、寺島正(羽鳥、寺島は俳優?それとも歌手)など。なかでも中山昭二が、歌って踊るのにはびっくり。特に寿美花代と踊るシーンなどはなかなかどうして素晴らしくうまく、すごい特訓をしたのかなと感心してしまった。というのも、その時読んでいた池部良の「21人の僕 -映画の中の自画像」の中に、『不滅の熱球』('55)の沢村投手のフォームを作るために池部良が、キャッチャー役の千秋実とともに房総半島に何日間か合宿をして、朝から晩までピッチングをし、見事に沢村投手の独特のピッチングフォームを会得した、と書いてあったからだ。
 『わが愛の譜・滝廉太郎物語』の風間トオル、鷲尾いさ子のピアノ特訓にも感心したけど、あれは音が出ていないからな、中山昭二は吹替えなしで歌って踊ってしまうのだから昔の俳優はやはり違うなあ。と感心しつつ家に帰って略歴を調べたら、なんと、新東宝で俳優デビューする前はバレエ団に所属して数多くの舞台公演をこなしていたとのこと。道理でうまいわけだ。新東宝から東映に行かないで、東宝に移籍していたら、宝田明とは違ったタイプのミュージカルスターが生まれていたのに残念でならない。それほど『ジャズ娘乾杯』の中山昭二は、ハツラツと輝いていた。
 『嵐を呼ぶ楽団』は、宝田明のピアニストが、ジャズシンガーの雪村いづみにライバル意識を燃やして、ビックバンドを結成して栄光をつかみ挫折を味わい再起する、というお話。
 朝丘雪路、高島忠夫、柳沢真一、神戸一郎、水原弘、江原達怡といった面々が歌って踊って演奏する。とにかく明るく楽しい。見てて幸せな気分に浸れる。
 『太陽を抱け』は、レベルダウンこそしているが、楽しさに変わりはない。宝田明、高島忠夫、神戸一郎、朝丘雪路、柳沢真一、雪村いづみ、と同じメンバーに浜村美智子も加わり、華やかなレビューを見せてくれる。
 この3本を見て、井上梅次の才能にあらためて脱帽してしまった。新東宝で同期だった石井輝男の監督研究書「石井輝男映画魂」が出たのだから(監督インタビューとしては最高傑作・!)、井上梅次の研究書が出てもいいのではないかな、死んでしまわないうちに。彼自身の著作としては、「窓の下に裕次郎がいた…映画のコツ、人生のコツ」(1987・文藝春秋 NESCO)を出している。
 その中で雪村いづみについて書いている。それによると、新東宝『娘十六ジャズ祭』で初主演させ、続いて『東京シンデレラ娘』、『はるかなる山の呼び声』(短編)、『乾杯! 女学生』、クレインズ・プロ(東宝配給)で『結婚期』、宝塚映画で『ジャズ娘乾杯』と、立て続けに6本撮っている。井上が日活に移ったのでしばらく間があいて、59年から宝塚映画で『夜霧の決闘』、60年『嵐を呼ぶ楽団』『太陽を抱け』とコンビを組んで計9本も撮ったことになる。いかに井上が雪村いづみに惚れ込んでいたかわかろうというもの。初期の『娘十六ジャズ娘』など4本のハツラツとした雪村いづみと才気あふれる井上梅次の演出ぶりをぜひ見てみたいものだ!

「ぴくちゃあVol.5」(1994年1月)より
上記の3本立てを見たのは、1993年11月のことである。

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